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電話・通信情報

携帯電話普及の背景を振り返る



日本では、1979年に初めて民間用自動車電話サービスが始まり、日本初のハンディタイプ携帯電話「TZ-802」が1987年にNTTから発売されました。携帯電話がここまで普及した背景には何があったのかを振り返ります。

買取制度の誕生

買取制度の誕生

自動車電話やバッテリーパックとセットになった「ショルダーホン」のサービスが開始された当初、機器類はすべてレンタルで提供されていました。レンタル料は20万円、それに加え月額3万円、通話料も6秒で10円と、現在に比べると、携帯電話の維持費は非常に高額でした。そのため利用者は大手企業の役員などに限定され、一般消費者にとっては高嶺の花のような存在でした。

レンタル制度が廃止されたのは1994年のことでした。買取制度が誕生したことによって、機器保証金の必要がなくなり、また維持費に関しても大幅に見直されました。これが携帯電話が普及する最初のきっかけとなりました。

日本独特のケータイ文化とガラパゴス化

自動車電話、ショルダーホンが登場する前、通信ツールはポケベルが主流でした。本来、ポケベルは電話回線から折り返しの連絡をもらうための機器です。ところが日本では、若者たちがポケベルの数字入力を使って会話を交わすなど、「遊び」のツールとしてヒットしました。このような背景があったことで、携帯メールが若者のコミュニケーションツールとして、大きなウエイトを占めるようになります。

また、日本では携帯電話が単に「電話をする機械」ではなく、コミュニケーションを円滑に行なう便利なツールとして認知されていきます。携帯電話はどんどん多機能化し、ガラパゴス化と呼ばれる独特な進化を遂げる要因となったのです。その証拠に携帯電話の黎明期には、着メロ・カメラ付携帯など、様々な機能が世界に先駆けて搭載されました。

販売代理店の奨励金制度と0円携帯

2000年代前半までに、多くの人が携帯電話を手にするきっかけになったのは「0円携帯」でした。これは各キャリアが契約後に得られる利益を、顧客獲得に貢献した販売代理店にインセンティブとして還元するシステムを利用したものでした。還元された奨励金を携帯端末の販売コストと相殺し、機器代金を無料で提供することができたのです。利用者にとって、回線契約にかかる費用のみを負担し、端末料金が無料になるのは大きな魅力でした。奨励金制度は2007年以降廃止され、「0円携帯」は姿を消しましたが、携帯電話の普及に貢献しました。

小型化と軽量化

自動車電話のバッテリーを持ち歩くショルダーホンは3kgもあり、手軽に携帯するには困難なものでした。30余年のときを経て、2013年9月10日にアップル社が発表したiPhone5Sのサイズは123.8(高さ)×58.6(幅)×7.6(厚さ)mm、重さ112gという非常にコンパクトなものになりました(iPhone5SのサイズはiPhone5と同じです)。

スマートフォンの普及

1990年後半のスマートフォンの出現により、携帯電話の歴史には大きな変化が見られました。携帯電話にPDA機能を備えたスマートフォンは、インターネットの閲覧をより軽快にしました。携帯電話は「電話を携帯する端末」から「インターネットを携帯する端末」へと変貌を遂げています。フィーチャーフォンの機能が充実している日本では、海外に比べてスマートフォンの普及率は低いのが現状です。しかし、2011年にはわずか6%だった普及率が、2年後の2013年には25%に上昇しています(2013年Google調べ)。今後、スマートフォンが日本でもさらに普及率を高めていく可能性は、決して低くはありません。