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電話・通信情報

ポケベル、携帯電話、自動車電話、
買取制に関する携帯電話の歴史



携帯電話の世帯保有率は今では94.5%を超え(総務省「平成23年通信利用動向調査」出典)、誰もが当たり前のように持つようになりました。そんな携帯電話がどのようにして、一般に広く普及するようになったのか、ポケベルや携帯電話、自動車電話、買取制についての歴史を振り返りながらご紹介します。

ポケットベルの歴史

ポケットベルの歴史

携帯電話が一般的になる前に普及したのが「ポケットベル」です。世界的には1958年にアメリカで開発された通信サービスが起源と言われています。日本では1968年7月1日に日本電信電話公社がサービスを開始しました。

初期のポケットベル

サービスが開始された当初のポケットベルは、東京23区に限られたサービスでした。その仕組みは、一般電話からの呼び出し信号を受信する簡単な端末です。受信者が信号を確認したら、公衆電話などから折り返し連絡をするという一方的なコミュニケーションツールでした。当時は、緊急の連絡を要する会社経営者や医療・警察・マスコミ関係者、外回りの多い営業マンなどが主要な利用者層でした。

ポケットベルが普及したきっかけ

ポケットベルが普及するきっかけになったのは、1985年の通信自由化です。国によって運営されていた通信事業が民営化され、新規事業者が参入したことで、ポケットベルサービスは全国展開されるようになりました。

また、この頃には呼び出し信号だけでなく、プッシュホン回線から数字列の信号を送ることができるようになり、ポケットベルの役割が大きく変化していきます。女子高生を中心に0840(おはよう)、0843(おやすみ)などといった数字による会話が流行し始めました。この数字会話が若者の間で急速に広まり、ドラマの題材や流行歌のタイトルにもなる程、爆発的に普及していきました。最盛期の1996年には、1,078万人が利用するコミュニケーションツールになったのです。

携帯電話の歴史

ポケットベルの出現により、人々は固定電話以外でもコミュニケーションを図るようになりました。当時の世相を現す若者カルチャーの一端を担った「ポケベル」でしたが、その後、携帯電話の出現により、主役の座が移り変わります。

自動車電話からショルダーホンへ

ポケットベルの弱点は、一方的なコミュニケーションの交換しかできないことでした。メッセージを送信しても、コールバックを待たなければならず、緊急時には大きなタイムラグが生まれてしまうこともしばしばありました。このタイムラグを解消したのが携帯電話の誕生でした。

この携帯電話が普及するもととなった「自動車電話」は、1979年に日本電信電話公社が本格的に開始した通信サービスです。自動車から電源を取り、アンテナを設置することで、車の中で通話ができるという、固定電話以外で通話ができるようになったこのサービスは、当時は画期的なものでした。その後、バッテリーパックを携帯することで車の外からでも電話ができる初のポータブル電話機「ショルダーホン」へと進化していきます。しかし、このショルダーホンは、もともと自動車に設置するものを外して外でも使えるというもので、携帯することが前提のものではありませんでした。そのため、外で使おうとすると約3kg前後の大きなバッテリーを肩から掛けて持ち歩かなければならなかったのです。

1987年、NTTによって携帯電話「TZ-802」が発売されます。これが日本初のハンディタイプ携帯電話となり、この後、携帯に適した電話へと進化していきます。

携帯電話を普及させた買取制度

この頃の自動車電話・ショルダーホンは、残念ながら現在の携帯電話のように爆発的な普及には至りませんでした。その原因は機器類の重さ以外にも、もうひとつ理由がありました。

当時、自動車電話・ショルダーホンは、すべてレンタルで提供されていました。機器レンタルの保証金が20万円と高額だったことに加え、月額の基本料、通話料が今よりも高額に設定されていたことから、利用できる人が限られていたのです。

この問題が解消されたのは1994年のことです。自動車電話・携帯電話に買取制度が誕生し、レンタル保証金の必要がなくなりました。また、基本料や通信料などの価格設定も見直され、ようやく多くの人々に利用しやすい環境が整ったのです。